そして、このイラストが自分の人生を変えてしまったのです。(←ちょっと大袈裟。)
1976年、世間はスーパーカーブームの真っ只中。
以前に『Pininfarina』のエントリーでも書いたことがあるのですが、
自分はスーパーカー→カロッツェリア→デザインと興味の対象が移っていきました。
しかし、それとは別に関心があった物があります。
オートバイです。
おそらく年齢からくる「早くオートバイに乗りたい!」という感情だったと思います。
ところが熊沢氏のイラストを見た時、
自分の中で、オートバイと、デザインが、繋がってしまったのです。
そして、その時に感じたコトがさらに強い思いになる出来事が、、
1976年9月にモトライダー誌が創刊されました。
巻頭特集は『カフェレーサーの世界』!
見開きのページにはビモータやエグリなどのカフェレーサーの写真が載っていました。
次のページを開くと国産4メーカーの4車種のオートバイをベースに、
ビキニカウルにシングルシートというライトなカフェから、
フルカウルにオリジナルフレームといったヘビーなカフェまで、
4段階に分けてカフェレーサーのイラストが描かれていたのです。
そこにはこんな文章が書いてあったと記憶しています。
「セダンをスーパーカーには出来ないけれど、オートバイならカフェレーサーに出来る!」
さらに翌年1977年1月から12月まで、モーターサイクリスト誌にて島英彦氏の
『モーターサイクルエンジニアリング』という連載が始まりました。
アライメントの決め方やフレームの製作方法、(なんと冶具立てや溶接の仕方まで。)
またFRPタンクの作り方や補記類の取り付けノウハウなど、
かなり高度でマニアックなレポートが掲載されていました。
当時、中学生だった自分は中二病全開で妄想しまくりですから生意気にも、
「オートバイなら"オレ"仕様を作れるかも!」なんて痛い勘違いをしてしまうのです。。
そして、連載中の1977年4月にロードボンバーが発表されました。
つづく・・かな。